三浦日記

音楽ライターの三浦智文が、日記のようにつらつらと書いていくブログ

初夏、草原、さわやかな風―スピッツ「優しいあの子」レビュー

 初夏、広大な草原で、さわやかな風に吹かれている―。スピッツの通算42枚目となるシングル「優しいあの子」を一聴したときに、パッと浮かび上がってきたのは北の端にある牧歌的な風景。そしてそこでは、『ロード・オブ・ザ・リング』に登場する、遊牧民族ホビットのような、ファンタジックなキャラクターが暮らしを営んでいるのも見える—。

 連続テレビ小説『あおぞら』のタイアップソングにもなっているこの楽曲であるが、曲の依頼を受けたとき草野マサムネ(Gt./Vo.)は、北海道の十勝に訪れたときに感じた、"季節が夏であっても、その夏に至るまでの長い冬を想わずにはいられないということ"にインスピレーションを受け制作にあたった。まさに、その風景が曲ににじみ出ている。しばしば、世の中には"卵が先か、それとも鶏が先か"ということわざのようなことが言われる。この楽曲に関して言えば、曲の制作に関する情報を全く知らなかったとしても、その風景を想起できるような"含蓄"が秘められているような気がするのだった。

 もはや、スピッツには欠かせない存在となった亀田誠二がプロデューサーとして起用され、バンドサウンドを基調としたシンプルなサウンドとなった今作。曲の構成も同様にシンプルだ。花をかき分け、大地を踏みしめながら、行き先に向かって意気揚々と走り回るようなAメロに、少し歩みを遅め、あたりのパノラマを眺めながらマイペースに進んでいくようなBメロ。そして目的地、少し小高い丘のような見晴らしの良い場所で立ち止まり、今度は風の方がさわやかに駆け抜けていくようなサビへと続く。特に印象的なのは、サビの部分。一節だけがさらっと歌われると、続く節では歌詞を伴わない、〈ルルル…〉という"ボーカリーズ"で歌い上げていく。


 五感で感じられる感動というのは、他の人にそっくりそのまま共有することはなかなか難しい。たとえばそれが写真であっても、その空気感みたいなものは伝わらないし、情報量の多い映像になっても限界がある。それは言葉に関しても同じで、世の中の無常、あるいは"一回性の美しさ"の感動というのは、たとえ言葉にはできても、その全てを伝えきることはできない。けれども何とかして教えたい、聴かせたい…。〈切り取られることのない 丸い大空の色〉、そして〈寂しい夜を温める 古い許しの歌〉を…。そんな心の中に秘めた言葉にできない感情を、このボーカリーズの部分に感じたのである。

 また、この部分からは言葉ではなく、たとえば口笛だけで遠くにいる人々と会話をする民族のような、そんな印象も受ける。言葉を介さずしても、そしてリズムや音だけで伝えることができる―。そうなると途端に、言葉だけに支配された、文明社会から離れた場所のような、あるいは日本ではないような気さえもする。ボーカリーズがもたらした非俗世間的な効果。そして、そこにホルンの音が重なりながら高らかに鳴っている―。曲を再生している3分間だけ、見慣れた街並みが草原になり、ひんやりとさわやかな風が吹いた、そんな気がした。

 

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