三浦日記

音楽ライターの三浦智文が、日記のようにつらつらと書いていくブログ

エレカシの"伏線回収的"2曲―「自由」と「シグナル」について

 エレカシの23thアルバム『Wake Up』(2018)の7曲目の「自由」を聴いていたとき突然、ある物語の伏線が回収されたかのような感覚を覚えた。というのも「自由」と、「シグナル」『町を見下ろす丘』(2006)の世界観が重なったからだ―。

 「シグナル」の歌詞に登場する男は生きていることに疲れ、社会に辟易しているような印象がある。そしてそれは、ウェットな感じのスローテンポな曲調と、A・Bメロ部分の"物憂げ"で"気だるい感じ"の歌唱によって何とも見事に表現されている。

夜はふけわたり 家までの帰り道
町を見下ろす丘の上立ちどまり
はるか、かなた、月青く
俺を照らす 街灯の下
ベンチに座り、自分の影見つめてた。

 家までの帰り道、男は公園のベンチに腰掛け、街灯の下で自分の影を見つめている。

あの悲しみにひとりで涙した夜もある。
やさしさもとめ、日々をうろつきまわり・・・
なくなよ、男よなくな。子供ら帰りし公園
さうだろ?今さらどこへにげるのさ

どの道俺は道半ばに命燃やし尽くす
その日まで咲きつづける花となれ

 歌詞に登場する男は悲しみに暮れ、日々を彷徨っていた。やがて男はそんな状況から打破しようと、〈今さらどこへにげるのさ〉と自らを奮い立たせる。そして、どうせ道半ばに命果てるのならば、最後まで生きようと決意をする―。

雨上がりビルの向かうには晴れた空。
行けよまん中、太陽がまぶしいぜ。
おのづから歩み進め。
道に咲く花のやうに 本当さ、いつかこの空ひとりじめ


あの頃キミは もとめつづけ
遠くばかりみてゐた。
今はもう まよはずに行けるさ

 決意を決めた男は、自らで道を切り開いていこうとする。ふと道端に目をやると一輪の花が鮮やかに咲き誇っている。そんな花と自分を重ね、男はさらに自らを奮い立たせていく。高い理想ばかりを追い続けていたかつての自分を省み、新たなスタートを切ろうとする―。そして、サビでは、A・Bメロまでの陰鬱とした歌唱から一転し、一筋の希望の光がともったかのような歌唱になる。

悲しみの月日が新たな歴史のシグナル
いまからはじまる未来のあなたのシグナル

今宵の月が満ち欠ける、街見下ろす丘に。
「どの道キミは、ひとりの男、心の花 咲かせる、人であれよ」と。

どの道俺は・・・

 悲しみや迷いに暮れていた男は、そこから何とかして希望を見出そうとした。〈悲しみの月日〉が今までの人生の糧やターニングポイントとなり、〈いまからはじまる未来〉の自分自身を形作っていくものである、と。ただ、〈どの道俺は・・・〉で歌詞が終わっている。これはやはり、悟った末の"諦念"が最後までその背景に渦巻いているということなのであるのか―。 

 そんな「シグナル」に対して『Wake up』に収録された「自由」に登場する人物は"ポジティブさ"や"解放感"のようなものが前面に出ている。生きていく中で見出した"自由"を噛みしめているのだ。なんというかそこからは、とてつもない"幸福感"すら感じられる。そんな楽曲は、The Policeの「Every Breath You Take」を彷彿とさせる心地の良いサウンドと、宮本の美しく明朗な歌声で彩られる。

外に出りゃビルの合間に月浮かび
気にかかる仕事を終えた帰り道
電灯に照らされ若葉重たげ宵の公園
初夏の風を吸い込む

自由 自由

 「自由」の冒頭の部分は、仕事の帰り道に通る宵の公園が描かれている。「シグナル」の1、2番のAメロのような情景が思い浮かばれるが、「シグナル」とは違ってストレスや悩みのようなものが一切感じられない。登場する人物の内面はかなり晴れやかそうに感じられる。ベンチに座り、自分の影を見つめ落胆するどころか、歌詞の男は辺りの初夏の風景を味わい、意気揚々としている。そんな様子を象徴するかのように男は、若葉が生い茂る宵の公園で初夏の風を目いっぱいに吸い込む―。

自由 自由 自由 自由
流れゆく流れ去る時と共に 俺は何度でも生まれ変わる
俺は今を生きてゆく
憧れの憧れの向こう 夢の向こう 新しい今の俺が目覚めたのさ
今の俺に相応しい最高を
探してる 探してる 探してる 探してる 自由
・・・

 "悲しみの月日"を通じて歴史や自分自身を形成し、さらには〈どの道俺は道半ばに命燃やし尽くす/その日まで咲きつづける 花となれ〉と諦念の末に希望を見出そうとした男の生き様が描かれた「シグナル」。そんな「シグナル」で思い悩んでいた男もいつしか年を重ねた。その中で男は、"過去"だとか"未来"だとかを深く考えすぎるのではなく、"今を生きてゆく"ことや、"今の俺に相応しい最高を探し求める"ということの方が大切なのではないかと思い始めた。"自由"こそが、何よりも生きていることを実感できるのではないかと―。

 両曲に登場する男性像というのは全く異なっているが、どうしても同一人物のように思えてならない。登場する公園や、ビルの風景も一緒。ただ、心持が全く違う。なんというか「シグナル」の頃から月日を経てようやく得られた"自由"や"開放感"がこの『Wake Up』の「自由」というような感じなのだ。"伏線の回収"のように思えたのは、ここに"後日譚的な部分"を見いだせたからなのかもしれない。【ほぼ日刊三浦レコード59】

f:id:xxxtomo1128xxx:20180625030110j:plain