三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

エレカシ『Wake Up』デラックス盤のLIVE CDに感じる"違和感"

エレカシの23thアルバム『Wake Up』のデラックス盤には2017年、47都道府県を回ったツアー〈30th ANNIVERSARY TOUR “THE FIGHTING MAN” TOUR〉の富山オーバード・ホールで行われたライブのCD音源が同封されている。エレカシの30周年ライブといえば、2017年3月に行われた大阪城ホールでの"こけら落とし"公演の模様がDVD/Blu-rayで映像化された(『デビュー30周年記念コンサート”さらにドーンと行くぜ!” 大阪城ホール』)。だが、ライブの"音源"に関してはリリースされておらず、さらにフルサイズでリリースされるのは今回が初めてである(一部の音源に関しては『THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT』が2012年にリリースされたことがある)。

 

しかも、映像化された"こけら落とし"の大阪城ホール公演に対して、同封されているLIVE CDは12月に行われた富山オーバード・ホールでの"千秋楽"ライブの音源。47都道府県ツアーの締めくくり、そしてツアー開始から"9か月"という期間を経てバンドはもちろん、楽曲はどのような変化・成長を遂げているのか期待が膨らむ——。そんな訳で、この"LIVE CD"のためにデラックス盤を購入したという人は多いはずである。

 

そんなLIVE CDを一聴して、
「なんか"違和感"がある」
「ライブで聴いたときの音はこんなもんじゃない」
「宮本はもっと歌が上手いはずだ」
と思った方は是非ともこの記事を読み進めていただきたい。

 

"LIVE CD"というのは、映像がない分その名の通り、「CDを聴いただけでそのライブの空間や雰囲気みたいなものまで再現される」というのが理想であるはずだ。しかしながら、デラックス盤のLIVE CDにはその"空間"や"雰囲気"が一切感じられない。「なんか"違和感"がある」というのは、1つにはこれが関係しているだろう。この"空間"や"雰囲気"というのはライブ会場に行って動画を撮ったり、レコーダーで録音したりしてしまえば案外簡単に再現することができる。

 

ただ、そうして物理的に空間や雰囲気を録音したものというのはTwitterやYouTubeなどでしばしば散見されるように、バスドラムの音やベースの低音がやたらに際立っていて極めて音質が悪い。また、そういった音源はしばしば、正式な音源としてアップロードされているものと対比され、海賊版(Bootleg)などと呼ばれる。当然ながら正式な音源というのは、空間を物理的に録音するような撮り方(通称エアー撮り)ではない。では、正式なライブ音源というのはどのように作られるのか。

 

まず、実際のライブで聴こえてくる音について説明すると、楽器の音というのはアンプを通して増幅される。ただ、それだけではライブ会場を響かせるだけの音にはならない。そこで、アンプの近くにマイクを付け、アンプから出された音を拾う。拾われた音は会場にあるPAシステム(Public Address System)に集約されたのち、メインのスピーカーに通されて、さらに音が増幅する。

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上は名古屋CLUB QUATTROのPAシステム。バンド演奏で奏でられる音のすべてはマイクによって拾われこのPAシステムに集約される。

 

ライブにおいて聴いている音というのはどんな大きな会場であれ、基本的にはこのようにして作り出されている。これはギターやベースだけでなくドラムも同じで、ドラムもそれぞれの部分にマイクを付け音を拾い、その音がPAシステムに集約されてから、音の大きさが調節され、メインスピーカーに通されて増幅する。そのためやたらにアンプが積み上げられている豪華なライブセットがあってもそのほとんどは"ハリボテ"で、実際音が鳴っているのはマイクが設置されている場所だけということになる。

 

普段のライブで聴いている音というのは、そんなメインのスピーカーからの音が、会場で四方八方複雑に反射したのち、我々の耳に届いているということになる。そしてこれが、俗に言う"ライブ感"や"臨場感"のようなものなっているのだ。

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上はエレカシのライブの様子。宮本のギターに繋がっているアンプと石森のギターに繋がっているアンプ、そしてドラムの富永の手前にあるバスドラムにはそれぞれマイクが設置されているのがみえる。このマイクで拾われた音がPAシステムに集約されメインのスピーカーから流れ、客席に届けられる。

 

話をLIVE CDに戻すが、LIVE CDの音源というのは、演奏や歌唱がPAシステムに集約された状態の音を、「あたかもライブ会場のスピーカーから流れているかのように調節し、ライブ会場っぽくしている音」である。その意味でレコーディングとやっていることはなんら変わりがない。ライブの音源で観客の声がほとんど入っていないことがあるのもこれが関係している(観客の声を収音する用のマイクが付けられていたら別であるが)。

 

つまり、デラックス盤のLIVE CDは、PAシステムに集約された音がライブ"風"の音源へと調節される段階でなんらかの問題があったと考えられる。実際聴いてみると、それぞれの楽器の音が混じりあうことなく、独立したように聴こえてくる。以前リリースされた『THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT』と聴き比べても、その音のまとまりは感じられない(演奏自体は以前よりも確実に向上しているはずなのに…)。

 

さらに、曲によっては宮本のギターの音が大きすぎるように聴こえる。宮本のギターは決して上手いとは言えないが、バンド演奏にアクセントを加え、"粗さ"や"エッジ"を与えているが、この音源ではその主張が激しすぎるような印象がある。それどころか、ギターの演奏におけるミスが"味"ではなく、"ただのミス"として浮き彫りになってしまっている。肝心の宮本の歌声の方も演奏と融合せず反発し、ふわふわと浮いているように聴こえてしまっている。なんというかそれは、楽器の演奏が遥か遠くで鳴っていて、宮本の歌声だけが独立してものすごく間近で聴こえているような感じだ。

 

音を調節する段階でそれぞれの音をまとめるような作業(リバーブをかける等)をしていないのか、はたまた音源自体にあまり手を加えず編集をライトに行っただけなのか。それが編集者の意図なのかはわからないが、「ライブに聴いたときの音はこんなもんじゃなかった」と思う人が仮にもいるとすれば、おそらくそれが関係しているように思える。

 

デラックス盤に同封されているドキュメンタリー映像「THE ELEPHANT KASHIMASHI 30th ANNIVERSARY“THE FIGHTING MAN”DOCUMENTARY」で流れる、会場で"エアー撮り"されたような音源の方が迫力があって良かったという皮肉。この特典のために買った人も多い中でのこのLIVE CDのクオリティーは少々期待外れであるし、現地で良い演奏を行ったバンド側にとっても非常にもったいない。実際に現地に足を運んだファンにとってはなおさら歯がゆいはずである。

 

関連して、『スッキリ』のスタジオで披露された「Easy Go」。このときの宮本の歌声もデラックス盤のLIVE CDのように、独立したように聴こえていた。その際は宮本の歌声の調子悪さが目立ったが、音響がどうにかしていれば、そこまで調子の悪さが目立つことはなかったはずである。そんなわけで、エレカシを知る者は放送後「宮本はもっと歌が上手い」と釈然としないまま午前中を過ごしたはずだ。今回のLIVE CDのように、せっかくのすばらしい演奏、そしてなによりも宮本の歌声を"最大限"に生かせないような"音響"が続くようならば、それは彼らの勢いを阻害する大きな問題となるように思えてならない。【ほぼ日刊三浦レコード58】

 

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