三浦日記

音楽ライターの三浦智文が、日記のようにつらつらと書いていくブログ

「ド・ド・ドーンと集結!!〜夢の競演〜」ライブレポート (エレファントカシマシ編)

 いよいよトリのエレカシの出番を迎える。30周年の、しかも"スペシャル"であっても、いつものように登場の際のSEはなし。拍手と歓声の中、メンバーは至ってシンプルに登場する。テンション低めに何かぼそっと言い放った後、一瞬の静寂に包まれたかと思えば、それをぶち壊すが如く「RAINBOW」が始まる。いきなり地響きのような歌声、その日の宮本の声は絶好調。しかも今回はCD音源に近いテンポと歌い方だった。ライブではテンポが速かったり、終盤で聴いたりすることが多かったため、ある意味"完全体"の「RAINBOW」を聴いたのはこれが初めてだったような気がする。
 
スピッツとミスチルを観て闘争心が付いたのか、今日の宮本の気合いの入り方は段違いだった。ライブのタイトルも「共演」ではなく「競演」となっていることから、宮本にとっては"祝い事"ではなくあくまでも"闘い"であるという認識だったのだろうか。「彼らに負けるまい」と病気になる以前の、ペース配分なんかを考えずにただただ突っ走る感じを久々に観ることができた。
 
そんな今日の気合いを象徴するかのように、ネクタイは早くも2曲目の「奴隷天国」で乱れ始め、その状態のまま「悲しみの果て」に突入する。この曲は歳を重ねる度に余計なアレンジやフェイクが削ぎ落とされ、今やCD発売当初以上に「悲しみの果て」という曲を"忠実に"表現しようとしている気がした。
 
「星の砂」あたりで、ぐちゃぐちゃになっていたネクタイは取り払われた。サビの〈星の砂〉のところで突然宮本は、中途半端にマイクを観客に向けるような動作をした。すると、なんともまばらなコール&レスポンスが沸き起こった。桜井に感化されたのだろうか。会場ではちょっとした合唱が起こっていた。
日本の神を中心にして 立派な国を築きたい
へなへなで弱い学生に 神の心を育てよう
 
星の砂 星の砂 星の砂 星の砂...
この曲には10代の頃、政治や天皇制に関心を持っていたという宮本のダイレクトな思想が反映されているが、30年の時を経てその"思想"は、いつしか観衆をも巻き込む力を付けていた。「星の砂」は、まるで演説集会の扇動のような"カリスマ性"を帯びた曲へと進化を遂げていた。
 
続く「風に吹かれて」は高音の部分で無理をせず、ファルセットで聴かせるように歌っていたのが印象的だった。この歌い方は長丁場な30周年の47都道府県ツアーを乗り切るべく身に付けた術なのだろうか。47都道府県ツアーといえば、昨年4月に北とぴあでの"こけら落とし公演"を観に行ったのだが、今回のツアーも"ファイナル"、そして"スペシャル"となった時に、"こけら落とし公演"のときと比べて大きな変化を感じた。それは観客の"拍手"と"歓声"の多さである。
 
というのも「エレカシのファンは手を叩かずに、静かに演奏を聴く」というこれまでの定説が、この1年でガラッと覆されたからなのだった。「笑顔の未来へ」では当然のように拍手が起こっており、すばらしいまでの一体感が生まれていた。そして、宮本の歌声もCD音源よりも遥かに伸びている。ツアーを通じての成長が著しく垣間見えた楽曲であった。
 
続いて披露されたのは「桜の花、舞い上がる道を」。今の季節だと絶対に外せない楽曲である。宮本は、発売当初の10年前くらいのライブで、ガラガラな声で辛そうに歌っていたとは思えないほど気持ちよさそうに歌っていた。まさに"禁煙"、"生活習慣改善"万歳である。彼の歌声はどこか遥か彼方に行ってしまいそうな程伸びていた。
 
個人的に楽しみにしていたのはエレカシによる、スピッツもしくはミスチルのカバー。この日まで何を披露するのかと期待を膨らませていた。だが男宮本、MCで用意していないと正直に宣言してしまう。しかも今回のライブの趣旨がわかっていないときたもんだから、わりと冗談抜きで、「このライブは"祝福"ではない、あくまでも対峙する2バンドとの"闘い"である」なんてことを思っていたのではないだろうか。"ズレてる方がいい"とはよく言ったものだ。
 
そんな衝撃のMC明けに披露されたのは「風と共に」。これも野音で聴いた時よりも進化していた。野音ではライブ終盤であったせいか、振り絞るようにして歌っていたが、今回は己の全てを発散させるが如くフルパワーで歌っていた。しかしながら宮本、最後のサビ前を間違えてしまう。30年のキャリアを迎えても相変わらず何をやらかすかわからない"ヒヤヒヤ感"、これもまたエレカシのライブの醍醐味なのである…。「風と共に」の勢いそのままに、「ガストロンジャー」が珍しく宮本のギターから始まった。イントロをギター3人体制で弾くもんだから、とんでもない音圧で会場内を包み込んだ。間奏中の、謎の叫び、"サイタマベイビー"、"タマタマベイビー"、"サイサイサイ"はこうして文字に起こしても面白いが、現地で聴くともっと可笑しかった。
 
そして、「これを歌わないわけにはいかない」と言って披露されたのは大ヒット曲「今宵の月のように」。何ともいえない祝福ムードで会場を包み込んだ。そんな中、その雰囲気をぶち壊すかの如く最新曲「Easy Go」が披露される。50歳を過ぎて急にメロコア・パンクみたいな曲を作り出したことに驚きを隠せなかった。WANIMAが歌ってもおかしくないような青々しさと熱量。たまげた。宮本は息継ぎに問題があるといっていたけれど、「RAINBOW」同様、相変わらず常人が歌えそうな歌ではないことだけは確かだった。
 
最後の曲は「俺たちの明日」ではなく、「FLYER」。曲は洗練され、そこに長年の経験で培われた重々しさが加わった重厚感満載の"音圧"に"声量"。51歳にして下降するどころかさらなる進化を続けていることを証明するかのような演奏だった。
素晴らしい思い感じたなら
素敵な明日を垣間見たなら
光指す丘の上で その時は落ち合おう
歌詞を見ても、どうも最後にふさわしいような気がした。スピッツとミスチルを讃えるような、そんな宮本流のメッセージであるように見て取れた。
 
さいたまスーパーアリーナの音響のせいもあるのかもしれないが、スピッツとミスチルの両バンドボーカルの歌声はどこかで割れていたり、耳にくるような場面があったのだが、宮本のシャウトや高音は不思議と耳にこなかった。3バンドのボーカルを比べるとは何とも贅沢な話である。ただ、宮本の歌声は、音の広がりが段違いにすごかったのだ。声の"波"が全体に満遍なく広がっていく感じ。それは何というか"腹式呼吸特有の響き"とでもいえようか。宮本は全身を使って"音"を共鳴させているように感じた。 若い頃の勢いをデビュー以来保ち続けているスピッツとミスチル。彼らの昔の曲はかつてと同じような輝きを放っていた。
 
一方、エレカシは若い頃のパッションを俯瞰しつつ、年相応に最高のパフォーマンスを見せている感じがした。決して昔のままではない、試行錯誤の末、常に変化をし続けてきた。昔の曲は「懐メロ」にはなっていない。それどころか"昔の曲"であっても"常に最新曲"であるというある意味で逆説的な現象が起きている。そしてそれは、若い頃のパッションを凌駕しているのかもしれない。折れ線グラフでいえば下降することなく最新の地点が最も高いというような感じだ。今回のライブではそれを如実に感じたのだった。この何とも歴史的な夜は、これで最後とは言わずに、是非とももう一度やってもらいたい。そんなことを切実に想いながらこの記事を書き終えることにする。【ほぼ日刊三浦レコード36】
 

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セットリスト
01. RAINBOW
02. 奴隷天国
03. 悲しみの果て
04. 星の砂
05. 風に吹かれて
06. 笑顔の未来へ
07. 桜の花、舞い上がる道を
08. 風と共に
09. ガストロンジャー
10. 今宵の月のように
11. Easy Go
12. FLYER
アンコール
13. ファイティングマン
(歌: 宮本×草野×桜井, 演奏: エレカシ×スピッツ, 踊り: Mr.Children)

スピッツ編とMr.Children編は下記事。

 

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