三浦日記

音楽ライターの三浦智文が、日記のようにつらつらと書いていくブログ

【ほぼ日刊ベースボール4】日本の"女子"プロ野球について

 日本における女子プロ野球の歴史は、1950年にまで遡る。「東京ブルーバード」に始まり、「レッドソックス」、「パールス」、「ホーマー」の4チームが発足し日刊スポーツ社の後援で1950年に「日本女子野球連盟」を結成した。しかしながら、連盟において「ショー・興業」派と「健全なスポーツ」派との間で確執が生まれ、公式戦が始まって5か月で日本女子野球連盟は分裂してしまう。その後、スポンサー企業が次々に撤退し、日本女子野球連盟は1952年に女子プロ野球から社会人野球へと転換した。1959年には解散した日本女子野球連盟に代わって新たに「日本女子野球協会」が設立された。結局のところ、この組織も長く続くことはなく、1971年に解散してしまう。それから38年の月日がたち2009年、ようやく女子プロ野球機構(JWBL)が創設された。「プロ」野球の括りでは実に59年ぶりであった。一方、日本プロ野球機構(NPB)が創設されたのは1937年。1リーグ制から現在に至る2リーグ制への変遷はあったものの、組織自体は今現在も変わっておらず、両者の歴史の差は歴然であるといえる。観客の動員数からもその差をみることができる。2017年のNPBセントラル・リーグパシフィック・リーグの総観客動員数は25,139,463、1試合平均数にすると実に29,300である。JWBLでは2010年わかさスタジアムで開幕したリーグの観客数は2,653。後日同スタジアムでは2,123人、3,131人を動員した。しかし2012年には平均観客動員数は550と落ち込んでしまう。女子プロ野球界隈をにぎわせた話題としては、2016年にWomen's Baseball World Cup(WBWC)で日本は5連覇を達成したことがある。世界的に見ても日本の女子野球のレベルは高いといえるはずではあるが、依然として観客の動員数は横ばいである。

 なぜ男女でこれほどまでに差が生まれてしまったのか。その要因の1つとして組織の構造が挙げられる。例えば、日本高等学校野球連盟(高野連)では現在においても女子選手の出場を規定として認めていないことがあり、1995年に全国高等学校女子硬式野球連盟ができるまでは高校野球における女子選手というのは陽の目の当たらない存在だった。NPBとJWBLも、日本サッカー協会(JFA)のような統一母体組織の中に日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)と日本女子サッカーリーグが傘下としてあるようなものではなく、それぞれが独立して存在している。こうした組織構造であるがゆえ、NPBの権威に押されてしまい、JWBLは世間的な認知が遅れてしまったと考えられる。だが、これはあくまでも組織的な話であって、組織構造が変化すれば十分に解消し得る要因である。では、解消し得ない要因というのはないのか。野球の「起源な要素」からその解消し得ない要因を探ってみることにする。

 19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカのベースボールの普及に尽力したアルバート・G・スポルディングは、ベースボールをクリケットと対比させ、「男らしさ」の有無にその区別をしていた。スポルディングのプロモーションというのはベースボールを「男性的スポーツ」として売り出すものだった。そこには、中産階級層の白人男性の生活規範をベースにしながら「男らしさ」を強調し、アメリカ人一般の普遍的な理念として運用するという前提があった。白人をベースにした「男性性」の追求は一方で、女性の「排除」へとつながった。スポルディングが女性に求めたのは、ベースボールをプレーをする選手になるのではなく、熱心に応援する観客になるということであった。その頃の中産階級層の白人男性というのは大衆化や女性の社会進出の潮流において、自身の立場の不安を持っていた。そこで彼らは「男らしさ」を誇示するためのスポーツに関心を持つようになる。その中でもベースボールというのは当時のタイ・カッブをはじめとする選手たちのプレーに見られるような激しい肉体の動きで、アメリカの理想的な男性のありようを生々しくを体現するものだった。こうした当時のアメリカの社会的背景やベースボールのプロモーションを踏まえてみると、ベースボールに「女らしさ」を見出すような要素は見当たらない。確かにアメリカは全米女子プロ野球リーグ(AAGPBL)が創設された時期があった。だが、その背景をたどると、第2次世界大戦において選手たちが兵役に行き、企業の経営が困難になったためであった。結局のところ、戦後すぐにこの組織は解散し、現在に至るまで代替となる組織も存在していない。やはりそこには当時の「ベースボール」と「男らしさ」を結び付けるような名残があったのかもしれない。日本の野球はアメリカのベースボールが輸入されたものである。日本の野球にもアメリカと同じような「男らしさ」のDNAのようなものが備わっているとすれば、日本の野球において男女の差が生じるのはアメリカのベースボールの「起源的な要素」が関わっているからだといえるのではないだろうか。

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