三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

邦楽

三浦的2020年ベスト・アルバム5選——邦楽編 (まえがき)

2020年は、あらゆるものの構造が変化した一年であった。日本の音楽業界もまた、その変化を余儀なくされたものの一つである——。 日本の音楽業界と言われるシステムの成り立ちを簡単に振り返ってみると、日本において、音楽というものが商業的なモノとして成り…

東京の人間を"演じる"——エレカシ全作レビューXIX『昇れる太陽』

エレファントカシマシと東京——この関係性は切っても切り離せないものであり、彼らの作品の中には常に東京というものが内在していた。それは何よりも、作詞・作曲の大半を行う宮本浩次が東京都北区出身であるというバックグラウンドが大きく起因しているだろ…

後世に残るクラシック——宮本浩次『ROMANCE』レビュー

原初的な音楽体験に限りなく近い感動——。 近代以降、特に20世紀初頭の音楽というのは、一回性のものであった。民衆は会場に集まり、同じ空間を共有しながら、その時限りの音に耳を傾ける。それがたとえ、以前に演奏された楽曲と同じであっても、無論、演奏に…

さあ、再出発だ——エレカシ全作レビューXVIII『STARTING OVER』

一曲目の「今はここはが真ん中さ!」の一音目、そして歌い出しの一節目から強い決意として感じられた、"STARTING OVER"、いうならば、"一からの再出発"という言葉。堅い合金のような冷たさを持ったサウンドは、磨き抜かれた金属光沢を放っていて、鋭利に尖っ…

「歴史」は敗北の産物である (後編)—エレ歌詞論考VI

前回は、「歴史」の歌詞の内容的な部分に触れた。抽象性と具体性の天秤が"森鴎外の人生"をテーマに据えたことで具体性の方に傾き、その視点は三人称で貫かれたことで俯瞰的なものになっていた。彼らの共感性が抽象と具体とのバランス感覚の良さと、私小説的…

「歴史」は敗北の産物である (前編)—エレ歌詞論考VI

エレファントカシマシの「歴史」は、2004年にリリースされた『扉』に収録されている。ドキュメンタリー映像の『扉の向こう』では、その制作風景が収録されているが、この曲の"歌入れ"はレコーディングの最後の最後まで残ったということで、歌詞に関して相当…

「友達がいるのさ」の冒頭部分の描写について—エレ歌詞論考V

東京中の電気を消して夜空を見上げてえな エレファントカシマシの『風』(2004)に収録されている「友達がいるのさ」。この楽曲は、なんといっても先に載せた冒頭部分が強烈な印象を放っている。聴くものを一瞬にして惹き込んでいく魔力を持ったようなフレーズ…

「シグナル」の"町を見下ろす丘"について—エレ歌詞論考IV

エレファントカシマシの「シグナル」は、2006年リリースの『町を見下ろす丘』に収録されている。この楽曲は、表題と同じ〈町を見下ろす丘〉というフレーズが登場する。非常に端的で、印象に残るフレーズである。そして何より、具体的な場所の名前は一切登場…

"自由気まま"な奥田民生の歌が"牙を剥く"とき

奥田民生の父、幹二氏はかつて共産党議員であった。"蛙の子は蛙"ということわざの逆には、"鳶が鷹を生む"ということわざがある。奥田民生は、そのどちらか。息子民生は、小学校6年生から上京するまで『赤旗』日曜版を配達していたという。また、父が街頭演説…

地方出身者の東京、幻想ーサカナクション「聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに」より

心地のよいダンスビートはBPM120、AM1時の恵比寿リキッドルームで——。 この曲を一聴すると、東京というアイコンが持つ、整然としていて無機質なイメージが想起されてきた。ただしそれは、東京の表層部分、もっといえばライブハウスの中での話に過ぎない。一…

青年の老年期——エレカシ全作レビューXVII『町を見下ろす丘』

"四〇歳は青年の老年期であり、五〇歳は老年の青年期である" 詩人であり『レ・ミゼラブル』などの著書で知られる、ヴィクトル・ユーゴーはこんな言葉を遺している。40代と50代を大きな境目に前者を青年の終わり、つまり老年期に。そして後者を老年の始まり、…

その歌声、狂暴につき——宮本浩次『宮本、独歩。』レビュー

宮本浩次のデビューアルバム、その名も『宮本、独歩。』。タイトルに固有名詞が使われるのは、バンドのデビュー当時の作品を彷彿させる(『THE ELEPHANT KASHIMASHI 』、『エレファントカシマシ5』など)。無論、今回はバンド名ではなく自分の名前。ここで、あ…

52分の白日夢——エレカシ全作レビューXVI『風』

はくじつむ【白日夢】[daydream]白昼夢ともいう。夢に似た意識状態が覚醒時に現れるもの。内容は概して願望充足的である。また,単なる空想より現実性を帯びている。 『ブリタニカ百科事典』より エレファントカシマシ、16作目となる『風』。2004年リリー…

米米騒動、クマの鼓動

あの子ったら一体、どこへ行ってしまったのかしら。おーい、おーい——。 はぐれ子グマを探す親グマの叫び声は、針葉樹が鬱蒼と生茂る森の中でこだましていた。その頃、束の間の家族旅行から帰る途中の車内には、米米CLUBが大音量で流れていた。聴いていたアル…

白昼一時のHEART STATION

今週の第1位は、宇多田ヒカル「HEART STATION」——。 曲紹介に被さりながら、イントロがカーステレオから流れてきた。携帯の着信音のようにシンプルな電子音に乗せられる、彼女の洗練された歌声は、不思議と近未来を予感させる。まもなく、午後の2時になろう…

"死"に対する自覚の果てに見出した"生"——エレカシ全作レビューXV『扉』

派手さはないが、傑作——。 『俺の道』(2003)から『風』(2004)までのエレファントカシマシはある種、商業主義から完全に逸脱している。この時期はやはり、セルフ・プロデュースであるという点が大きいように思えるが、世間に向けて、分かりやすくパッケージン…

三浦的2019年ベスト・トラック25選―邦楽編

01. ONE OK ROCK - Head High 彼らは2019年に出したアルバムで、日本のロックシーンという括りから完全に抜け出した。そのためこれを、果たして邦楽として評価していいのかという疑問さえ浮かんでくる。その作品の中でもこの楽曲は特に、彼らの方向性を印象…

「地元の朝」の帰省、その到着までの描写について―エレ歌詞論考Ⅲ

エレファントカシマシの歌詞に、フォーカスを当てていく企画。今回は、2004年リリースの『扉』に収録されている「地元の朝」について。以下に載せたのは、その冒頭部分の歌詞である。まずは、こちらを読んでみていただきたい。 ある日 目覚めて電車を乗りつ…

現代版、百鬼夜行―椎名林檎『三毒史』レビュー

デビュー20年の節目となる年にリリースされた『三毒史』は、椎名林檎のこれまでのキャリアの総括、という意味合いだけではなく、もはや日本の音楽史の一つの総括である。収録されている13曲中6曲は、ゲストボーカルを据えたもの。中でも、1990年代から第一線…

三浦的2019年ベスト・アルバム5選―邦楽編

1. ONE OK ROCK - Eyes of the Storm ONE OK ROCKは今作で、"日本の"ロック・バンド、という括りを無くすことに成功した。確かに彼らは、日本で生まれ、日本語を母語としている。だがその表現は、サウンドや、歌い方、さらにはリリックの入れ方に至るまで、…

その歌声が最大限に生かされた作品―柴田聡子『愛の休日』レビュー

柴田聡子の歌声にはつかみどころがない。メロディーによって敷かれた"音程の道"を、正確に歩むのではなく、道草を食いながら、あっちこっち往来をする——。通算4枚目となった『愛の休日』(2017)では、そんな彼女の歌声の特徴が、見事"旨味"となって引き出され…

「so many people」の情景描写について―エレ歌詞論考II

高速道路 朝日を浴びて ダイナミックな町は 引用したのは、エレファントカシマシ「so many people」のサビの一節。他のサビでは〈ソーメニーピープル〉から始まっている中、ここだけは〈高速道路〉から始まり、楽曲で唯一といってもいい情景描写へと続いてい…

共感ではなく、没入——エレカシ全作レビューXIV『俺の道』

エレファントカシマシ、14枚目のアルバム『俺の道』。そのタイトルが示しているように、今作では歌い手、宮本浩次自身に向けられたようなメッセージが並べられている。一人称視点、オレという言葉は、これでもかというほどに吐き出され、作品の骨組みのよう…

THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT 2019——今年ライブで印象的だった楽曲 (後編)

今年のエレカシのライブで印象的だった楽曲を振り返る企画。後編は、〈新春ライブ2019 日本武道館〉の個人的ベスト・バウトです。前編では、日比谷野音について書いております。こちらの方もぜひ。 www.miuranikki.com 1.「珍奇男」 この楽曲はライブでは、…

THE ELEPHANT KASHIMASHI live BEST BOUT 2019――今年ライブで印象的だった楽曲 (前編)

2019年、エレファントカシマシが行った単独ライブは、1月の〈新春ライブ2019日本武道館〉と、7月の日比谷野外大音楽堂でのライブのみ。こんな年もなかなか珍しいと思うが、数が少ない分、密度のほうは例年以上に高かったように思えた。そんな今年の彼らのラ…

「ラスト・ゲーム」に登場する文豪"永井荷風"について―エレ歌詞論考I

キリスト偉い孔子も偉い 俺はいったいなんだ?言い訳じゃなく誤魔化しでもないラスト・ゲーム 勝負したいよつべこべ言うな! いわば毎日がラスト・ゲーム 勝負しなよ俺は歌手ならば歌えよラスト・ゲーム 勝負しなよ そう俺は芸術家 昔の永井荷風のように日々を…

23のオレには、まだ分からない——エレカシ全作レビュー XIII『DEAD OR ALIVE』(Naked)

30という年齢。それは20代と比べ、体の衰えや死に向かっていくのがより自覚的になる時期であることは、漫然とではあるが理解できる。ただやはり、身体性をもって(実際にその年齢になって)感じることはできない以上、その指針となるような存在が必要であるよ…

ソロ活動に直結する伏線作———エレカシ全作レビュー XIII『DEAD OR ALIVE』

2002年にリリースされた『DEAD OR ALIVE』は2019年になって、当時とはかなり違った聴き方ができる作品だと言えるだろう。それは本作が、前作「good morning」から続く宮本浩次のソロ作品的な流れであったことと関係する("バンド・サウンド回帰作"とされてい…

日常の呟き——エレカシ全作レビューⅫ『ライフ』

緊張と緩和は、エレファントカシマシのキャリアにおいて度々繰り返される一つのサイクルであるといえるだろう。2ndの『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』のあとに見せた、『浮世の夢』でのクラシック・ロックが内包されたポップ・サウンドアルバム。そして今回は…

東京インダストリアル——エレカシ全作レビューⅪ『good morning』

"エレファントカシマシ11枚目となった『good morning』はインダストリアルである"。これはもはや、この作品を語るうえで欠かせない、常套句のような言葉である。 インダストリアル(industrial)という言葉は一般的に、"工業"のという原義的な意味であるが、音…